時間がどこへ行くのかを見る
自分の時間を眺めることについて、まっすぐに書いた記事です。数字の裏にある計算、それが何に使えるのか、そしてどこから役に立たなくなるのか。このアプリを入れるかどうかとは関係なく読めます。
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人生のマス目は、一週ひとマスか、一年ひとマスか
有名なほうは一週ひとマスで、四千個あまりのマスになる。一年ひとマスにも十分な理由がある。週版が間違っているからではなく、そのマスのどれを指しても「そこで何があったか」を誰も言えないからだ。
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今日の残りのうち、本当に自分のものは何時間か
今日あと何時間あるかは、どの時計アプリでも分かる。その数字はほとんど役に立たない。かなりの部分がすでに「寝ること」に予約済みだからだ。それを使える数に変えるひと引き算と、補正後の数を読むようになると何が変わるかについて。
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今年の週末はあと何回か —— そしてなぜそちらが見るべき数なのか
「今年あと何日」は切迫して聞こえるだけで何も変えない。「あと何回の週末」は動ける数だ。自分に裁量のある単位を数えているからである。数え方と、出た数の使い道について。
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一日一時間は、一生ぶんでは何年か
毎日の習慣には年単位の値段があり、その換算は一行の算数なのに、ほとんど誰もやらない。式と、自分の数でやり直せる計算例と、そして「年で言うと効いて、日で言うと効かない」のはなぜかについて。
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残りの日数を数えるのは、陰気なことか
場合による。そして人によっては、それは本当に見ないほうがよいものだ。視野をくれるほうと、恐れを生むほうを正直に切り分ける。自分がどちらを経験しているかの見分け方と、やめどきについて。